ちを向いて」
カラーをつけ、
「こんどはこっち」
これを前でとめネクタイをしめさせた。
「自分でカフス・ボタンもつけられないなんて、わるい御亭主の見本なのよ」
重吉は迷惑げに、あちこちまわされて、支度が終ると、すぐ出て行った。上りぐちで、
「おいてきぼりになっちゃった!」
そう云いながらひろ子が、重吉の帰る時間をきいた。
「何時ごろ? いつも頃?」
これも貰いもののハンティングのつばを、一寸ひき下げるようにして、重吉は無言のまま大股に竹垣の角をまわって見えなくなって行った。ひろ子は、暫くそこに佇んだまま、むかごの葉がゆれている竹垣の角を眺めていた。重吉は、口をきかずに出て行った。意識した手荒さでまわした重吉の体の厚みが、手のひらに不自然に印象されて、それはひろ子のこころもちをかげらせた。
自分の用事がすんで、ひろ子が帰ったのは五時すぎであった。御飯をたくことと、おつゆのだし[#「だし」に傍点]をとっておくことだけをいつも頼む合い世帯のおとよ[#「おとよ」に傍点]に、
「ただいま。――石田、かえりました?」
ききながら、ひろ子は上り口を入った。
「まだですよ」
「そう。――
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