弁当をつめた。その日は、ひろ子も同じ方角に出かけなければならないのであった。一緒に出かけようとばかりせき立って、ひろ子が食卓のまわりでのぼせていると、重吉が、
「ひろ子、ここが駄目だよ」
ぶらぶらしてはまらないカフス・ボタンの袖口をつき出した。洋服を着はじめてから日のたたない重吉には、あちこちで止めたり、しめたりするボタンやネクタイが苦手で、支度にはいつも閉口した。シャツのカフスがどう間違えて縫ったものか特別せまくて普通にボタンをとめてからでは手をとおしにくかった。
ひろ子は、友人の贈物である綺麗な細工のボタンを、粗末なシャツのカフスにとめた。うしろの衿ボタンも妙になってカラーがさか立っている。重吉は自分のまわりを動くひろ子の頭越しに時計を見ながら、いかにも当惑したように、
「時間がないな」
と云った。
「九時半までに必ず行かなけりゃならなかったんだ」
「まあ! あすこまで二時間かかるでしょう。困ったわ。それなら、はっきり云っておいて下さればよかったのに。――いつも通りかと思った」
なおあわててひろ子は、半分ふざけ、半分は本気で重吉の大きい体をつかまえ、少し荒っぽく、
「――こっ
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