踵をおさえた。
「やっぱり疲れるんだろうか」
「そうですとも! あれだけの間に、わたしたちが会って話の出来た時間が、一体どの位あったとお思いになる? たった百八九十時間ぐらいよ、まる八日ないのよ。ですもの……およそわかるわ、一日にどんなに少ししか歩かなかったか……」
 前の晩、おそくまでお客があって、その朝、ひろ子は、起きぬけからすこしあわてた。重吉は、入念に新聞をよみ、紙を出して何かノートを書きつけ、その間には荒れている庭を眺めて、
「あの樽、何か埋めていたのかい」
 掘りだしたまま、まだ槇《まき》の樹の下にころがされている空樽に目をとめたりした。西日のさす側の枝から見事に紅葉しかけている楓《かえで》が秋の朝風にすがすがしかった。
 弁当を包んでいると、置時計を見た重吉が、俄に、
「ひろ子、あの時計あっているかい」
と云った。
「あっていると思うわ」
「ラジオかけて御覧」
 丁度中間で、いくらダイアルをまわしても聴えて来る音楽もなかった。重吉は、いそいで紙片をまとめて身支度にとりかかった。ひろ子は、急にとりいそいだ気になって、
「一寸待って。わたし、まだなんだから」
 もう一つ自分の
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