れしい方へ条件が変って僅か半月ばかりのこの頃。それにくらべて条件が変るとすれば、より悪くしか変りようのなかったこれまでの十数年間。
「なんて云っていいか分らないようだわ。一層、一層、あなたの細君であろうとして、そのために、そんながんばりが身につくなんて、……」
「ああいう時代だったんだから無理もないさ。どっちを見ても崩れていて生活の基準がなくなった中で、謂《いわ》ばそれを自分から押しやることで、どうやら自分を真直にもって来たというところもあるんだから」
 話しながら二人がのぼりかかっていた大きい勾配の坂の中途で重吉が立ちどまった。そしてひろ子に訊いた。
「この坂は、どの坂だろう」
「――どの坂って?」
「もとの家へゆくのに、いつも通った坂があったろう? あれはどの坂かい?」
「ああ、あれは、この坂よ」
「これっぽっちの狭い坂だった、あれかい? ごちゃごちゃ店なんか並んだ……」
「そうなのよ。すっかり変っちゃったでしょう。あの頃はまだずっと急だったしね」
「そうか!」
 さも合点がいったように、
「それでやっとわかった」
 重吉は又歩き出した。
「帰って来た日、むこうの角から入ってこの坂
前へ 次へ
全92ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング