宵のこんだ電車の中で、何故『一塊の土』が思い出されたのだろう。
「あれは、後家の女主人公が、うんと働いて稼ぐけれども、それで自分もはたも不幸になってゆく話だったろう?」
「そうだわ」
ちょっと黙って、重吉は、ごく普通な調子で座席からひろ子を見ながら、
「ひろ子に、なんだか後家のがんばりみたいなところが出来ているんじゃないか」
と云った。
余り思いがけなくて、ひろ子は、眼を見ひらいて重吉を見つめた。
「わたしに?――」
後家のがんばり。……後家のがんばり。……その辛辣さがこたえて、ひろ子の目さきがぼーっと涙でかすんだ。ふるえそうになる声をやっと平らかに、ひろ子は重吉に聞いた。
「あなたに対して、わたしにそういうところがあるとお感じになるの?」
「僕に対してというわけじゃないさ。――一般にね」
「いろんなやりかたで?」
「まあそうだね」
たとえば、きょう自分たちがこうやって研究所へ出かけ、ひろ子とすれば重吉が帰って来ているからこそと思うたっぷりした一日をすごした。その間に、自分はどんな後家のがんばりを示したのだろう。愉しそうにしていた重吉が、何のはずみでそれを感じたのだろう。せわ
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