だ馴れない重吉が、大きな体をおとなしく小づかれたり、押しつけられたりするのを見るのは辛かった。重吉は、自分が痛感する荒っぽさをひろ子の身にそえて、乗物がこむと、しきりにひろ子をかばった。今もそれで、二人のあがきが却ってわるかった。
「ね、わたしはいいのよ、ここでうまく立っているのよ」
池袋で、長い列につながって省線の切符を買い、乗りかえた。思いがけず、一つ空席があった。ひろ子は、無理に重吉をかけさせた。
「今は、あなたの方がくたびれやすいのよ」
揉まれた重吉の顔に疲労があらわれている。
「腹がすいて来たね」
重吉は、ひろ子を見上げて苦笑した。
「もう?――でも、おそいこともおそいわね」
「こんどは、夜の弁当ももって来ようよ」
「そうね」
暫くだまっていたが、やがて重吉が、
「ひろ子」
と呼んだ。
「なあに?」
つり革へ手の先だけをのこして、ひろ子は重吉に顔を近づけた。
「『一塊の土』という小説があったろう?」
「あるわ」
芥川龍之介の作品としては、自然主義風なものとして人々に記憶されている作品であった。
「覚えているかい」
「あらましは覚えているつもりだけれど……何故?」
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