しく朝からのことを思いかえして見ても、ひろ子には重吉にそれを云い出させたきっかけ[#「きっかけ」に傍点]を自分からとらえることは出来なかった。しかも、後家のがんばり、という言葉にふくめられているものは、バカと云われたより、だらしなしと云われるよりひろ子にとって苦痛であった。人生のずれたところへ力瘤《ちからこぶ》を入れて、わきめもふらない女の哀れな憎々しさ。それが、この自分にあるのだろうか。帰って半月もたたない重吉からこんな電車の中で、それを云われなければならないのだろうか。こらえても、涙があふれた。涙をこぼしながら、ひろ子は、大きいリュックを背負った男にうしろからぎゅうぎゅう押されていた。
「――どうした?」
 つり革にさがっている方の元禄袖で、重吉から半ば顔をかくすようにして黙りこんでしまったひろ子を重吉は見上げた。
「しょげたのかい?」
 ひろ子は合点をした。
「しょげることはないさ」
「……あんなに、貞女と烈婦には決してなるまいと思って暮して来たのに――」
 ひろ子は、このとき重吉のとなりにかけている中年男が自分たち二人の言葉のやりとりに関心をもってきいているのを知った。同時に、
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