俺を詐すようなことが出来るものか。
 イレンカトムは、深い感謝の言葉を述べながら、双手《もろて》を捧げて、篤いアイヌ振りの礼をした。
 けれども。長い髭を撫で下した彼の手が、その先を離れるか離れないに、彼の心には、もう一種の恐れが湧き上った。
 何にでも、素早いコロポックルが、もう禁厭の豆を知って、どこかそこいらの隅から、今にも飛び掛りそうな心持がする。
 ハッと思う間に、引攫われてしまいそうで堪らない。
 イレンカトムは、大急ぎで豆の包みを懐へ捻《ね》じ込むと、その上を両手で確かりと押えつけながら、黒を急《せ》き立て、帰途に就いた。
 コロポックルを撒くために、故意《わざ》と道のない灌木の茂みを、バリバリとこいで行くイレンカトムの踵に、鼻を擦り付けるよう頭を下げた黒がトボトボと後から蹤《つ》いて行った。



底本:「宮本百合子全集 第一巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年4月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第一巻」河出書房
   1951(昭和26)年6月発行
入力:柴田卓治
校正:原田頌子
2002年1月2
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