《むし》りをしていたイレンカトムは、何だか、妙に頭がグラグラするような心持なので、炉辺に引込んで、煙草を烟《の》んでいた。
 すると、戸口の傍で人声がする。何か小さい声で相談でもするように、ボソボソと云っている。
 まだ若そうな女の声が、一言二言何か云うと、元気のあるのをようよう小声にしているような若い男の声が、それに答える。声の響きで見ると、アイヌ語を使っている。
 何を喋っていることやら……
 イレンカトムは、今に入口の垂れを持ちあげて訪ねて来る二人の若い者を待っていた。
 待って待って、待ちくたびれるほど、待っても入って来ない。
 そこで彼は自分から立ち上って、迎に出た。たぶん極りを悪がってでもいるのだろうと思ったのである。
 出て見ると、小屋の隅に、頭を垂れた若い女が案の定立っていて、少しはなれたところに腕組みの男がいる。
 誰だか知らないが、来た者はお入り、と云うアイヌ振りの挨拶をして、中に入って待つ。未だ来ない。入りもしないで、相変らず喋っている。喋ること、喋ること、声の高さは変らないが、素敵な早口で、男が喋る。女が喋る。そして、終いには、両方がごっちゃになって何か云う。

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