、人に知らせず、山本さんだけに万事委せることが出来るから、よほど安心だ、と思っていたのである。
 唯一人の彼が臥たら、誰が山本さんまでの使をするだろう? けれども、彼はそこまでは考えたことがなかった。
 追々、雪が薄くなって、木の芽が膨《ふくら》むような時候になると、彼は、小屋の東側に僅かの地面を耕してそこに、馬鈴薯と豌豆《えんどう》を蒔いた。
 誰かは訪ねて来る人も出来、気を変える仕事も出来て来て、イレンカトムは草木とともにようよう生気が出たように見えたのである。

        六

 ところが、その春はたださえ霧っぽい附近の海から、例年にないほどの濃霧《ガス》が、毎日毎日流れ始めた。
 ずうっと沖合いから押し寄せて来るガスは、海岸へ来ると二手に分れる。
 一方は、そのままY岬へ登って馳け、他の一方はずうっと迂回《うかい》して、Y岬とは向い合ったL崎の端《はな》から動き出す。
 そして、その二流はちょうどS山の上で落ち合って、ずうっと奥へ流れ去る。これは、平地を抱えて海まで延びている山の地勢の、当然な結果ではあるのだけれども、その潮路に当るところは堪らない。
 下の部落にそんなに
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