中に自暴《やけ》のように唾をはいた。
「売っ払うだてお父《と》のこったむん、また、父親《ミチ》にすまねすまねで、オ、アラ、エホッ、コバン、だから(心底《しんそこ》から売りたくない)俺あ売ってくれべえ。
ふんだら、祖父《エカシ》だてお父《と》を引叱らしねえ。
な、よろしと、そうすべえと!」
息子の大胆な宣言に、動顛したイレンカトムが可いとも悪いとも云う間をあらせず、豊は外へ飛び出した。
口ばかりでなく、彼はもうほんとに今、父親の手で耕している家の周囲、二町半ばかりの畑地を売る決心をしてしまっていた。
彼はもう三月も前から、その畑を売れば八九百円の金は黙っていても入るから、それを持って或る女と一緒にT港に行って、暮してやろうという目算を立てていたのである。
東京へ行くつもりでも何でもない。けれども、それだけの畑地を、握ってはなさない親父の手から※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80、389−12]《も》ぎ取る理由に、僅かの強味を加えるために、ただちょっと距離を遠くしたというだけのことなのである。
豊の心持で見れば、T港へ行った処で、どうせ永いことそこで辛棒して身を堅めようと
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