いじく》っていた彼は、やや暫く経つと、フイと俯《うつむ》いていた首を上げて、
「やめるべし、な豊」
と云った。
 肱枕《ひじまくら》で寝転びながら、プカプカ煙草を烟《ふか》していた豊は、思わず吐きかけの煙を止めて父親の顔を見たほど、それほどイレンカトムの声は哀っぽかった。まるで半分泣いているような調子である。これには、さすがの豊もちょっと、哀を催したような眼付きをしたが、一つ身動きをすると、もうすっかりそんな陰気な心持を振り落して、前よりも一層陽気な、我儘な言調で、
「俺ら、止めねえよ。もうきめたむん!」
と云い放した。
「東京さ行って、何仕《あにし》るだ?」
「商売《しょうべえ》よ」
「商売《しょうべえ》だて、数多あるむん、何仕《あにし》るだ?」
「俺ら、知らねえよ。出来るものう仕《し》るだろうさ! 何《あに》しろ俺あ行ぐときめただから」
「……」
「……」
「俺あ、金あねえ」
「無えっことあるもんで、お父《と》。僅《ちっ》とばっかし大豆なんか生《お》やしとくよら、この周囲《ぐるわ》の畑|売《う》っ払《ぱら》ったら、好《え》えでねえけえ、
無えなんてこと、あるもんで!」
 豊は、炉の
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