面目に苦しみ、案じている、その苦痛、その愛情を謡わずにはいられない心持をも、また持っていた。
唯《た》った一人で、広い耕地に働いているようなとき……。
四辺《あたり》には、何の音もしない。ヒッソリとしたうちに、サクッサクッと土を掘り返す音、微かに泥の崩れる音、鍬の調子に連れて出る息の音等が、動くに従って彼の体の囲りに小さく響くばかりである。
静かなもんじゃなあ、と彼は思う。
そして、何とはなし、物懐かしいような心持になって首をあげ、あちらこちらを見廻しながら額を拭く。
拭きながら見上げると、高い高い空は、ちょうど真中頃に飾物のように美くしい太陽《チュプ》[#「プ」は小書き半濁点付き片仮名フ、1−6−88]を転しながら、まるで瑠璃《るり》色の硝子《ビンドロ》のように澄んでいる。眼をシパシパさせながら、なお見ると、ようやく眼の届くような処に鳶《とんび》が三羽飛んでいる。
紙か何かで拵えた玩具《おもちゃ》の鳶を、天の奥に住んでいる神様の子供が振り廻してでもいるように、クールリクルリと舞っている。
際どい処で擦違ったり、追い越したりしながら、円《まあ》るくまあるく飛んでいる。
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