光っていたのである。
 馬の扱いが巧者になるに連れて、豊は煙草の持ちかたも、酒の飲みかたも覚えた。
 いつの間にかは、馬車賃をちょろまかすことも平気になって、イレンカトムが黒を相手に、ポツポツと種を蒔き、種を刈入れている間に、豊の生活は彼の想像も及ばないように変って行った。
 昨日までの子供であった豊の目前に、急に展開せられた種々雑多の世界に対しても、彼は矢張り、「すかんぼう」を振り廻して飛んで行った息子である。
 行かれる処へ大胆に、陽気に侵入して行く彼の勇気を傷けるものは何もない。
 自分の行為を判断する道徳も、臆病も、持ち合わせない彼にとって、煽動《おだて》の御輿《みこし》に王様然と倚りながら、担ぎ廻られることは決して詰らないことではない。
 ただでは云わないお世辞で、自分の容貌、技《うで》等に法外の自信を持った十七の彼は、借金も自分の代りに償ってくれる者を控えている心強さから、存分の放埒《ほうらつ》をした。
 豊は、時々主人の処へ行って、二三十円立替えてくれと云う。主人の方も、イレンカトムがいるから、雑作なく貸してやる。
 すると、その金で早速、金の彫刻のついた指環を買って来て、獲った者にはそれを遣ろうと、女達の真中に投げ込む。
 そして、キャアキャア云いながら、引掻いたり、転《ころが》し合って奪い合う様子を、例の横目で眺めながら、
「何たら態《ざま》だ! 馬鹿野郎、そんなに欲しいか、ハハハハハハ」
と、さも心持よさそうに哄笑する。
 これが彼である。もう黄棟樹《ニガキ》で頭をたでてもらった豊坊ではない。気前が好くて、道楽者の、稲田屋の豊さんに成り終せたのである。
 いくら三里離れているといっても、まさかこのことがイレンカトムに知れないことはない。
 豊に対するあらゆる非難は、皆彼の処へ集まっていたのである。
 けれども、イレンカトムは、かつて豊が悪い奴だと云ったこともなければ、勿論思ったこともない。彼はただ、困ったものだ、早く目が覚めてくれれば好いと云うだけである。
 また、実際イレンカトムは、他の人々が驚くほど楽観していた。
 高慢で、馬鹿ではない豊のことだから、遠からずそんな駄々羅遊びには飽きるだろう、そしたら、気に入った女房でも貰ってやれば、少ばかりの借金くらいは働いて戻すにきまっている。これがイレンカトムの考えであった。
 彼はそうなるにきまってい
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