ったペケレマットとの愛情が、ただ彼の上にのみ注ぎ合って、豊はあんなに美くしく生れ出た。逞《たくま》しい子孫を与えるために、神様が下すった者ではあるまいか、きっとそうに違いない。
が、そうして見ると、神様は何故あんな道楽者になすったか?
イレンカトムも、これには困ってしまう。けれども、神の仕事をいつも邪魔するニツネカムイ――悪魔がいたずらをどうしてしないと云えるだろう。
何にしろ、神が天地を創るときにさえ、太陽を呑んで邪魔しようとしたほどの悪魔だもの、自分に来る子が、余り美くしく、余り立派なのを見て妬まないことがあろう?
そして、考えれば考えるほど可愛い者は、豊だ、ということに落付くのである。
こうして見ると、彼の豊に対する愛情は、亡き妻に対し、見えない神に対し、また豊の陰にいれこになっている未見の子孫達に対する愛情とすっかり混り合っているのである。
自分の不幸な部分は皆悪魔のせいにして、諦めて行こうとする心持も入っている。が、彼はここまでは考えて来ない。万事を、神《カムイ》と悪魔《ニツネカムイ》との間に纏めるのである。
こういう心持を持っているイレンカトムは、豊に就て、真面目に苦しみ、案じている、その苦痛、その愛情を謡わずにはいられない心持をも、また持っていた。
唯《た》った一人で、広い耕地に働いているようなとき……。
四辺《あたり》には、何の音もしない。ヒッソリとしたうちに、サクッサクッと土を掘り返す音、微かに泥の崩れる音、鍬の調子に連れて出る息の音等が、動くに従って彼の体の囲りに小さく響くばかりである。
静かなもんじゃなあ、と彼は思う。
そして、何とはなし、物懐かしいような心持になって首をあげ、あちらこちらを見廻しながら額を拭く。
拭きながら見上げると、高い高い空は、ちょうど真中頃に飾物のように美くしい太陽《チュプ》[#「プ」は小書き半濁点付き片仮名フ、1−6−88]を転しながら、まるで瑠璃《るり》色の硝子《ビンドロ》のように澄んでいる。眼をシパシパさせながら、なお見ると、ようやく眼の届くような処に鳶《とんび》が三羽飛んでいる。
紙か何かで拵えた玩具《おもちゃ》の鳶を、天の奥に住んでいる神様の子供が振り廻してでもいるように、クールリクルリと舞っている。
際どい処で擦違ったり、追い越したりしながら、円《まあ》るくまあるく飛んでいる。
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