二階が気になって堪らない風でいた母親も、眉の辺がからりとしたいつもの母親になった。
「――さを[#「さを」に傍点]をかきのけて出しゃばるんだから困りものだね、お源は……」
 出先から帰るなり一風呂浴びた為吉は、半簾を下げた縁先で爪を剪っていた。彼は気軽そうに答えた。
「どうせ二三日のことさ」
 百代は、独言のように尋ねた。
「寝台へねるのかしら――あの人」
「そんなことあるまい――な、おいね、寝台なんぞ持ち込みゃしまい?」
「ええ、夜具包でしたよ」
「寝台なんか担ぎ込んだらとても六畳で納るもんじゃない」
 百代はラオロがどんな工合に部屋をしたのか知りたくて、知りたくて、たまらなくなって来た。両親たちが、何でもなさそうにラオロのことを話し、一刻も早く馴れてしまおうとすると、一層百代の好奇心は募った。大人たちが、わざと詰りもしなそうに自分の前で云っているように落付かない気持がする。
 百代は、するりと茶の間をぬけて台所の方へ行った。ちょうど配膳の始るところで、板の間の膳棚の前へ女中が集っている。
 裏階子を、彼女は片手で手摺につかまりながら二段ずつとばして、音も立てず登った。廊下を、爪先で
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