、猫の仔のように忍んで行き、鍵の手に曲った縁側の前まで、誰にも見られず来た。百代が二階へ登ることなどそれこそうちでは大禁物なのであった。七号、八号と、ややよい部の部屋が並んで小縁をひかえている。障子の前まで来は来たが、百代は障子をすらりと、こわいようであけられなかった。ラオロは、確にさっき、紺地に細い縦縞のある洋服を着、つるりと額の抜け上った頭に銀灰色の帽子を一寸しゃれた被りようで出て行った。けれども、颯《さ》っと障子をあけたら、出会頭にあの響きわたる彼の笑声がハハハハと転り出してでも来そうな気がする。百代は、自分が明けようとする方の障子にすっかり体をかくし、下唇をかみ締めて息を殺しながら、そろり、そろりと、障子を閾の上で滑らした。五分ほどの隙間から、百代は先ず人気ない畳と正面の硝子窓を見た。いやに森と黄昏を照り返している窓硝子、更に少し明けると、緑色に塗った籐椅子の端が目に入った。――ここまで来ると、百代は大胆になり、あとの残りを心の中でばあっと叫んで跳びつくような勢で一気に開いた。が、開けて見ると彼女がとっさに進退|谷《きわ》まったような思いがけない光景で室はあった。陽気な声楽家の
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