の? 家へ来るの?」
「そうですよ」
 百代ばかりでなく、両親も幾分亢奮しているらしかった。前後して茶の間へ入ると、父親の為吉は、先ず煙管に煙草をつめ、黙って一服ふかした。
「ね、なあによあの西洋人」
「――今度、シネマへ出る歌うたいだってさ。今まで横浜にいたんだそうだが、神田まで通うのに厄介だから此方へ宿をとりたいんだってさ」
「本当?」
 百代は、
「素敵!」
と手を叩いて坐ったまま踊るようにはね上った。
「私知ってるわよ、それなら」
「知ってる筈ないじゃないか、昨日横浜から来たばっかりだってのに」
「違うわ、読んだのよ、ほら、今度の代り目っから専門家の歌をきかせるって大きく予告してあったじゃあないの」
 母親は余り身にしめず、
「そうだっけか」
と答えた。
「そうだっけかって、かあさん、あんなに伊太利声楽の隠れたる天才って書いてあったじゃあないの」
「――ねえ、あなた――」
 いねは、百代の方はいい加減にして良人に云った。
「――今度の人は大丈夫なんでしょうね」
「何がよ」
「…………西洋人なんぞ、この商売永年やってても始めてだから――先の奥さんみたいなことでもあった日にゃ全く馬
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