びれたさを[#「さを」に傍点]は、照れた、ばつの悪い風でのっそり出て行った。
「何だよ返事もしないでさ――八番、いいね」
「はあ」
百代はさを[#「さを」に傍点]のその様子がおかしく、くすりとふき出しながら踵でくるりと一廻りした。が強い好奇心が忽ち彼女を静にさせた。春外套を片腕に軽くかけた鈴木に違いない男と湯上りのような顔をした体躯の太ったエルマンのような西洋人が並んで、彼女の隠れているすぐ頭の上の階子を登り始めた。百代は跫音が遠くなるにつれそろそろ板敷の方へ出て、後姿を見上げた。登りきった踊場のところで、母親がひょいと振返って下にいる百代を見下した。百代は、思わず瞬きを止め、睨まれるのを予期した。母親は、然し、変によそゆきな顔をしたまま何も見なかったようにすまして廊下を曲ってしまった。
「――どうも失礼致しました。では明後日お待ち致しておりますから」
「左様なら」
「さよなら」
靴音が入り混って敷石へ去るのを待ちかね、百代は玄関へとび出した。
「かあさん、今の、シネマの鈴木でしょう?」
「知ってるの? お前」
「だって、いつも指揮してるんですもの。――何だって? あの西洋人何な
前へ
次へ
全11ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング