一つを説明し、一つよりは他の一つが改良されている点を教え、非常に想像力を刺激するリアリスティックな言葉の描写で、そこが出来上った時の有様を目に見えるように話しました。この戸からすぐ庭へ出ると、庭は芝生で、薔薇の植込みがあり、ここの石の腰架のところでは小噴水が眺められる、夏なんぞ涼しいよ。今度は家の内から出て、まるで庭を歩いているように具象的に話しました。こういう晩は父の機嫌は元より上々です。従って私も父の想像に自分の空想を綯い合わせ、二人で家と人間とを合作して喋ったりしました。二人の話をきいていると、まるで雲の上だね、これは母が傍からの批評です。今日、私の貧弱な常識の中に、ほんの少しばかりでも建築・美術についての内容が加えられているのは殆ど皆、こういう父の手帳を中心にしてこの団欒の遺産です。
 晩年になってから、父は夕飯後の食堂で手帳をひろげることが追々少くなりました。仕事に対する父の愛が減ったのではなく、仕事について父の分担が年を経るままに変って来たのでした。そのことを、私は一度も父には直接申しませんでしたが、自分の心の中では或る避けがたい悲しみとして鋭く感じていました。文学と建築と
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