、結局どうする力もないんだから、聞かされるとおり黙って聞いていりゃいいんだ。そう云って、眼のうちに暗い険しい色をうかべる時もあった。戦争が進むにつれて、行雄の気分はその面がつよくなった。行雄のそういう気持からすれば、息子がきかされる話についても神経の配られるのを感じて、ひろ子はたくさんの云いたいことを黙って暮して来たのであった。
十五日は、そのままひるから夕方になり、やがて夜になっても、村じゅうの麻痺した静けさは変らなかった。
翌日、ひろ子は余り久しぶりで、却って身に添いかねる平和な明るさの中でもんぺをぬぎ、網走の刑務所にやられている良人の重吉へ、たよりを書きはじめた。ひろ子が小娘で、まだ祖母が生きていた時分、祖父の遺愛の机として、赤銅の水滴だの支那焼の硯屏《けんびょう》だのが、きちんと飾られていたその机の上には、今ここで生活している若い親子たちの賑やかでとりまとまりのない日々を反映して、伸一の空襲休暇中の学習予定の下手なプリントや、健吉が忘れて行ってしまった玉蜀黍《とうもろこし》の噛りかけなどがころがっている。
ひろ子は、少し書いては手を止めて、考えこんだ。網走の高い小さい窓の
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