中で、重吉は、きっともう戦争の終ったことを知っているだろう。十二年の間、獄中に暮しつづけて来た重吉。六月に、東京からそちらへゆく前、面会所の切り窓から「まあ半年か、長くて十ヵ月の疎開だね」と云って笑った重吉。その重吉こそ、どんな心で、このニュースをきいたであろう。ひろ子は、こみ上げて来る声なきかちどきで息苦しいばかりだった。
 この歳月の間に、ひろ子は検閲のある手紙ばかり千通あまりも書いて来た。いつか変通自在な表現と、お互のわかりあいが出来て、自然の様々な景観の物語などのうちにも、夫と妻との微妙なゆきかいがこめられるようになっているのだった。手紙をかき出して、ひろ子は、いつか習得させられた自分の気の毒なその技術を、邪魔なばかりに感じた。ひろ子は、はっきり、それこそその手紙の眼目としてききたいことがあった。たった一行それだけ書けばいいということがあった。しかし、まだ、それは書けまい。いつお帰りになるでしょう。書きたい言葉はその一行である。ほんとに、重吉はいつ帰れるだろうか。
 この十四年ほどの間に、日本の治安維持法は、ナチスの予防拘禁所のシステムまで輸入して、息つくすきも与えないものとな
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