はして人々を満足させて来た。東京が焼け原になってしまって何一つ無くなった、ということも、殷賑《いんしん》だった東京と、その店々の印象を大切にもっている母には事実を疑わないまでも実感から遠いことであろう。
 ひろ子が、作家として、もう五年の間、小説さえ発表させられない境遇にいるという現実も、ここのひとたちに、もとのように頼りになる者としてでないひろ子を感じさせるであろう。
 四歳と二つの男の子たちが、紙風船と、色の塗ってない積木を畳の上にちらかして遊びはじめた。その素木の積木が、その年の九月初め日本橋の三越の玩具部に売っていた唯一の子供たちの遊び道具であった。子供たちに積木してやっているわきの座布団の上に、裾まわし分だけの紺秩父の布地と、ひろ子が母の丸帯を切って来た綾織の布地が、出しっぱなしてあった。ひろ子が東北の田舎からリュックに入れて背負って来た土産のしるしは、こんなものであった。
 五時頃、この家から国民学校に通勤している従妹のしげの[#「しげの」に傍点]が帰って来た。しげの[#「しげの」に傍点]が、白い木綿のブラウスに西日をうけながら、裏の新道を小走りにかけ下り台所口へ入って来て
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