礼いたします」
 うまそうに、その杯をのみほし、更にもう一杯のんで、食事にかかった。細々といろいろの食べものを、いくつかの包みにわけてその竹籠に入れて来ているらしいのだけれども、その反歯で日やけした、眼つきの明るく柔和な男は、決してその包みを竹籠から出して、ひけらかすような食べかたをしない。遠慮がちに、しずかにたのしんでいる。一見して土木請負業と思える万端と、少しかわって特色のある眼つきとそのとりなしとは、ひろ子の興味をひいた。軍人も、弁当をひろげた。それは竹の皮につつんだ三個の握り飯と佃煮と梅干である。若い従卒が、通路の荷物の上にもたれるようにかけていた。その従卒が水筒から茶をついだ茶碗をわたした。白い厚焼の、どこの役所でも使うものであるが、そこに二つの字が入っている、「教・総」と。陸軍で、教・総と云えば、教育総監関係しかないだろう。この軍人は、では、そういう部署の、そういう茶碗を人前でも使う位置にあるものなのだろう。今はぬがれている軍服の上着に肩章も襟章も、もがれてついていなかったことが思い出された。上着には略章のいろいろな色だけがつけられていた。剣も吊っていない。丸腰で入って来た
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