れた。
はじめのうち、乗客たちは、
「いや、これはひどい。東京ばかりのように思っていたが、どうして、どうして」
のび上って眺めたりしていた。半日近くも同じような廃墟の間を走りつづけて来た今、旅客はこの反覆される光景に馴れ冷淡になってしまった。
くたびれが出て、大変長い間眠ったような気分で目がさめたひろ子は、いくらかきまりわるい表情で、前や横で、人々が弁当をひろげはじめているのを見た。ひろ子は時計をもっていなかった。時刻の見当もつかない上、どこまで来ても窓からみる景物のくりかえしは同じだものだから一向東京から出切っていないような、ちぐはぐな目ざめ心地である。
白絹のシャツに巻ゲートルといういでたちの岩畳な骨格の男が、ひろ子の向い側にいた。力仕事で五十過まで稼いで来たという手つきで、竹籠の中から薬ビンを出し、小さいコップに液体をついだ。そして、それを隣りの軍人にすすめている。
「ひとくち――いかがですか、メチールでないことだけは保証いたします」
上着はぬいで、白シャツだけになっている将官は、
「いや、これはどうも。折角ですがやりませんから……」と、丁寧に辞退した。
「じゃあ――失
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