て置くがいいよ」
 どんなに重吉が、慎重をきわめた保留をつけて語ったにしろ、この一言は、ひろ子を幾晩も眠らせなかった。ひろ子には、簡単らしくそう云ったときの重吉の上体が、面会窓からぐっとはみ出して、大きく大きくなったように映った。そして、その感銘はひろ子にとって殆ど肉体的な訴えであった。
 ひろ子の期待と緊張とが支えにくいほどになったとき、重吉は、あっさり、話が不調に終ったことを告げた。
「どうも変だと思ったんだ」
 そう云って笑った。
「これまでのやりかたから見て、わかりがよすぎるようなところがあったからね。――ひろ子は心配しないでいい」
 今度も、理由は前と同じであった。重吉の思想の立場が変らないから、と。
 入院させないと云った時よりも、重吉に対するこの二度目のむごたらしさを、ひろ子は性根にしみて受けとった。重吉のおかれている条件の中で、自然の生活力とそれを保つ心の均衡で死ぬる病から恢復したとき、その恢復期の五月という季節に、七年の間重吉の青春を閉じこめて来た牢獄の窓が、さも開きそうに、さも、もうちょいとのことで開きそうに、身ぶりして見せるとは、何たる卑劣だろう。一方に、思想の立
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