吉の腸結核がわるかった間、ひろ子は一度ならず、大扉をぴたりとしめたまま、切窓から眼とチョビ髭だけをのぞかせている看守に告げられた。
「きょうは、気分がわるいから会えないそうだぜ」
「――どんな風にわるいんでしょう」
ひろ子は、衷心から、
「困った」
と云った。
「なーに、大丈夫だよ。まだ当分死にそうでもないや。ハハハハハ」
それなり、むこう側から切窓はしめられた。
ひろ子は、高壁の下から自分の体をもぎ離すのが容易でなかった。翌朝、またそこへ行ってその壁の下に立つとき、ひろ子は、ざらざらしたその壁に、きのうの自分の切ない影がまだのこっているのを見出すような思いだった。
重吉は死ななかった。不思議に死ななかった。もう一いきの恢復という時期、ようよう壮年に入った重吉のこころに体に、癒りたい望みの充満している時期、その顔をやっと面会所の窓で見られるようになった頃、今度は裁判長が弁護士を通して、思わせぶりな提案をした。重吉は、どっさりの条件と保留と仮定とをつけ足して、万ガ[#「ガ」は小書き]一、外で療養でも出来るようになったらばと面会に来たひろ子に云った。
「いろいろ、買いものなんかもし
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