「大したものさ!」
 河本は、それだけ甘薯を確保するについては、更にそれより意味のある計画のため、と匂わせて、それを云うのであった。
 篤子が諧謔めかして笑った。
「まあ、わたしたちのところじゃトマトをたっぷり食べられただけいいと思いましょうよ」
 人々の活溌な話しぶりの裡に、気がねをやめた多勢の声が揃う笑いの裡に、磁石の尖端がぴたりと方向を指す迄の震えのような、微妙な模索がうずいていた。ひろ子は、敏感になっている心につよくそれを感じた。誰も彼も、半月前迄自分たちに強いられていた生活は終ったことを確認している。同時に、誰もかれもの心に、まだいきなり早足に歩き出せない気もちと、計画の条件にまだ欠けたものがあることとが感じられている。ひろ子はそう思った。
「間違いのない方向はあるんだから、それで着々やって行けばいいわけなんだ――それにしてもいつ頃帰って来られるだろうな、みんなは……」
「治安維持法をいつ撤廃するか、それが問題だ」
「おそくても、今年のうちには、やらざるを得まい」
「一日も早く帰したいわ、ねえ、ひろ子さん」
 きいているひろ子は、熱い大波に体ごとさらわれるようなこころもちが
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