いた。
「山内さん、あなたのところでは、今でもやっぱり、あんなに畑をやっていらっしゃるの?」
食糧の不足が一番の原因にはちがいなかったが、ひろ子の友人たちの中には、この数年の間に郊外や近県に移って、畑仕事を相当うちこんでやって来た人々があった。その人々の働きぶりを眺めると、集注出来るだけの仕事をうばわれている者の、人間らしい活動慾が、そこに放散されているという印象を与えられた。八月十五日の意味を、全面から理解出来るこれらの人々が、これから後も、ああいう風に畑をやっていられるものだろうか。もっと、さし迫った活動の予想や計画が、畑からこの人々を別な場所へひきよせ、集め、議論させているのではないだろうか。
「僕のところなんか、もうおしまいですよ。とても、そんなひまはなくなって来た」
「そうだろう? どこでもそうなんだ。うちの畑は、八月十五日をもって一段落だね」
「しかし僕は絶対にイモだけは確保するんだ」
河本が、すこしずつずる眼鏡を指で鼻の上に押しあげながら、苗が何本、その収穫予想はいくら。盗まれる分を三割として、実収は凡そ六十貫。それだけは確保すると力説した。
「大したもんじゃないか」
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