さもなければ無意識に、ただ変えられてゆくばかりなのを見て暮していたひろ子には、鮎沢夫妻が、こう変えて行くのだ、と自分たちの方針をきめて笠一つも独創しているのが快よかった。
 八月十五日前後の東京には、田舎町にいたひろ子の知らない種々の現象が起伏し、その話もきいた。
「あの二三日で、東京中にしたらどれほどの書類をやいたんでしょう。あの風景だけは、ひろ子さんに見せておきたかったわ」
 それらの激動の日に、いたるところの歩道へ、焼け焦げた紙片が散乱した。もんぺをやめた洋装の若い女が、高い靴の踵でその紙屑の山を踏みしだいて通った。
「でも、どうなるでしょうね」
「大局的にはポツダム宣言の方向さ」
 雄治が、確信のある語調で篤子に向って云った。
「そりゃそうでしょう。うちの研究所でもね、今までがあの有様だったから、すっかり計画を立て直して、大はりきりよ。これから皆が、本当にテーマをきめてやるんですって」
 話題は重吉の弟の不幸を中心とし、やがて、又、鮎沢夫妻やひろ子自身の仕事について流れ進んだ。
 夕飯後には、近所に住んでいる二三人の友達も集って来た。
 ひろ子は、深い興味をもって友達の一人にき
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