青味と隈の濃いその灯かげの陰翳《いんえい》とで、美しい小枝の小鼻は、白い枕被いの上で嶮しくそげて見えるのであった。
最後の編隊が、耕地の表面の土をめくり上げるような轟音をたてて通過した。そのあとは、いくら耳をすましても、もう空は森としていて、ひろ子は急に体じゅうの力がぬけてゆくのを感じた。
「――すんだらしいわね」
もんぺ姿の小枝が蚊帳からにじり出て来て、さもうるさそうに頭をふり、頸のまわりから防空頭巾の紐をといた。行雄は、靴ばきで踏石の上に立ったまま、煙草に火をつけた。行雄は最初の一服を深く、深く、両方の頬ぺたをへこますほど長い息に吸いこんだ。
十五日は、おそめの御飯が終るか終らないうちにサイレンが鳴った。
「小型機だよ! 小型機だよ!」
十二歳の伸一が亢奮《こうふん》した眼色になって、駈けだしながら小さい健吉の頭に頭巾をのせ、壕へつれて入った。三日ばかり前この附近の飛行場と軍事施設とが終日空爆をうけたときも、来たのは小型機の大編隊であった。
「母さん、早くってば! 今のうち、今のうち!」
小枝が病弱な上の女の児を抱いて一番奥に坐り、一家がぎっしりよりかたまっている手掘りの
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