がぼんやり見えた。米軍機の通過する合間を見ては、町の警防団が情勢を連呼していた。そのなかに、一つ女の声が交って聞えた。細いとおる喉をいっぱいに張って、ひとこと、ひとこと、「てーきは」と引きのばして連呼する声を聴いていると、ひろ子は悲しさがいっぱいになった。低く靄がこめている藷畑《いもばた》の上をわたって、大きい池のあっちから、その女の声はとぎれとぎれにきこえた。責任感でかすかにふるえているかと思うその中年の女の声は、ひろ子に田舎町のはずれに在る侘しいトタン屋根の棲居《すまい》を思いやらせた。古びた蚊帳の中で汗をかきかき前後不覚に眠ってしまった何人かの子供らの入り乱れた寝相と、一人の婆さまの寝顔とが思いやられた。その家には、たしかに男手が無いのだ。
 三人の子供をつれて小枝が横になっている蚊帳をのぞくと、どんなに足音を忍ばせて近づいても必ず小枝は、
「どう? 御苦労さまね」
と、おとなしく、心配にみちた声をかけた。
「父さんもいるの? 今夜は、なんてどっさり来るんでしょう」
 いざというとき子供たちを抱え出す足許をやっと照すだけの明りが、用心深くかこわれて、小枝の枕頭に置いてある。蚊帳の
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