って、村へ燃料として分配された。銀灰色の塗料から、きつい揮発性の匂いが立った。今は街道じゅうどの家の背戸からもこの匂いがしているのであった。
 縁側に立ってその光景を見物していて、ひろ子は幾度か腹から笑った。小人間たちの嬉しそうなこと! 全く遊戯にうちこんでいる。ガソリン・タンクというものを目の前に見るだけでも一大事件である上に、それをころがし、叩き、のっかってもいい。おまけに、大人は壊してくれと頼んでいるのだ。ワッセッセ! ワッセッセ!
 ほんとうにこの懸声で、少年たちは三つのタンクをリアカーにつんで、分配所であった国民学校の庭から運びこんで来たのであった。
 戦争が終ってからの、子供たちの遊びぶりがすっかり変った。警報が鳴り出すと、どんな親友でも、又どんなに面白いことをしている最中でも、子供らは一散に家へ駈け帰ってしまった。伸一は、それを悲しがって泣き出したことがあった。
 少年たちが、心も体もとろかして、集ったり散らばったり、穴をきり開いたタンクの胴に入って大海洋上の船を想像したりしてさわいでいる光景は、ひろ子を感動させた。平和とは、人間の生活にとって何であるか。それを深く感じさ
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