て、しかも小枝たちの日常生活には、子供のゴム長靴一足現れるではなかった。律気な小枝は、子供たちのおやつの桃を買うために、夜明から自転車にのって、遠い村まで出かけていた。
五兵衛たちの話しぶりは一種独特なものになって来た。豚肉が何貫目とか手に入ったという話。食用油を一カンずつ分配したという話。そういう事がみんな、何日か前にすんでしまったとき、さもなければ、もう申込を締切ったというような時になっていつも小枝の耳に入った。
「まあ。そんなことがあったの!」
日やけした小枝の頬は、そうきいたとき、ほんの短い間、さっと赧《あか》らんだ。その赧らみはすぐ消えた。消えたとき、小枝はもう二度とその話には戻ってゆかなかった。
そういう小枝を見るのがひろ子には切なかった。日頃、小枝は、近所となりや村じゅうから好意をもってつき合われていた。彼女の勤勉と、人柄のよさが、生活の細々したところで、主婦としての彼女のしのぎよさになっていた。それはそうなのだけれど、そして、今でもそれにちがいないのだけれども、違いないなかに、はっきりちがいが生じて来ている。
物資にからんでその中心地となっている連隊から、富井の
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