、変え得られるものとしての、自分の生活を考えていなかった。五兵衛は富井の土地をかりている。だがその土地について考えていない。
勘助のうちでは、占領軍が、すべての農作物を徴発してしまうのではないかと、やたらに心配した。ひろ子に、くりかえし、その心配を訴えた。勘助の心配はそこに止った。勘助もよその土地を耕していた。そしてその土地について考えているようでもないのであった。
人民の歴史が飛躍する大きいテーマの一つと感じられた題目の一つは、少くともこの界隈の農民の欲求として、その時期には把握されていなかった。そのまま種板はもう別の一枚にとりかわって、目先の物資の奪い合いに、焦点がずれて行っているのであった。
土間で代用食の玉蜀黍の皮をむきながら、小枝はしみじみと述懐した。
「ほんとうに、この頃はどこの奥さんたちも大したものねえ。かなわないわ……」
小枝の生れつきは、そういう意味での敏腕ではなかった。主人の行雄と云えば、戦争中、利益にありつく動きかたをする気がなかった通り、事情が急変したからと云って、急にどうという賢こげな動きかたもしなかった。富井のうちのぐるり一帯には噂話ばかり横行してい
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