たその兵士が、襟元をはだけたなりで皮肉に笑った。
「何しろ、ゆうべ動いた筈のところが御覧のとおりなんですからね――やれ、やれ、人間万事しんぼうが大切さ」
 ところが、思いがけず定刻の六時半に、その列車は三原駅を出た。
「出ましたよ!」
 支店長は、しんからうれしそうな笑顔になって上体をのり出した。
「これでよろし。――大分運のええ方や。――これでよし、と」
 彼は大阪まで帰りつけばよいのであった。安心して、座席へもたれこみ、素人目では異常の分らない両眼をとじた。
 ひろ子のこころは一途に東京に向っていた。その途中でおこって来るいろいろなこと、たとえば昨夜、見も知らない女集金人のうちへ泊めて貰ったというようなことも、大して苦にならなかった。ひろ子が一途なこころもちだから、そうであるばかりでなくその頃の日本にまともな旅行というものが無かったのであった。
 列車が岡山にさしかかる前後から、沿線の風景はただごとではなくなって来た。徐行しはじめた列車の左右は広大な浸水地帯であった。既に何日間も動かない水の下になっている田圃から、一粒の実もはらんでいない稲が、白穂となって悲しく突たっていた。白穂は
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