のかしら。――暗くて見えませんよ」
「いや、ここでしょう」
確信ありげに声をかけて、土間に入ったつれの男を認めて、
「まあ! 支店長はん」
五十がらみの単衣をきた女が、一目で見とおせる次の間の茶箪笥の前から、とりいそいで立って来た。
「どうおしやして……今頃……でも、まあ御無事で……お珍しい。さアさアお上りやしておくれやす」
「さあ、どうか奥さん、ちっとも御遠慮はいりませんから」
一間に三間ほどのその土間までは水が入って来ていなかった。直接ひろ子に向っては用心ぶかく口を利かず、目はしだけを働かしている細君に向って、つれは、道づれとしてひろ子をひき合わせ、泊ったことのあるらしい旅館の名を云って世話をたのんだ。
「何しろ、みんな、ここのところ歩きやはりましょう、六時ごろにはどこももう満員どすわ」
濡れしおたれて、きしむ靴をやっとぬぎ、もんぺをぬぎ、今晩はここに泊めて貰うことになった。支店長、支店長と云って、女は、その男の靴下を干し、ぬれたシャツを土間の竿にかけた。が、ひろ子に向っては、雨水のたれるもんぺを、そこの竿にかけろ、と云うこともしない。寧ろつれの男が、ひろ子に向って、主婦の
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