ひろ子は縫子にそっとささやいた。縫子は、自分の思いつきとして、麦を焙《ほう》じ、もち米を加え、みんなで挽いたのであった。丸罐には、白砂糖が入っていた。直次の友達が、重吉の帰りをきいて、祝いにくれた。そして、一足の靴も入っていた。進三が中支にいたとき買って送ったのを、重吉のために、母がくれた。それらが、網棚のリュックのなかみである。
 ひろ子は、来たときのままの装《なり》で、紺絣のモンペをつけ、さきの丸まっちい女学生靴をはき、東に向って進む座席にかけていた。
 こういう事情になってみれば、ひろ子が網走へ行けなかったということも、あながち不便ばかりではなかった。そして、東京の弟の家が焼けのこっていることも、重吉とひろ子にとっての大きな仕合わせと云えた。その家は、北側の垣根一重むこうまで焼けて、浅い庭木越しには何里とその先に続く焼野原であった。水道が出ないにしろ、まるっきりガスが出ないにしろ、そこには、住むところがある。二人[#「二人」に傍点]で、住むところがある。何と馴れない、痛いように新鮮な感じだろう――二人で暮す、という言葉は。ひろ子が重吉の妻になって、一つ家に住んだのは、二ヵ月足らず
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