うだけなのに、町の特高は、同じ頃そこへ用向で訪ねて来た客たちの関係までを、訊きただした。駐在は親切で、お客があるときも、その名と年とを書き出してくれさえすれば、すぐ応急米を渡すから、と小枝に云った。小枝はよろこんでそのとおりにした。特高が来て、どうして知っているかと思うようなつまらない名をいうとき、それはみんな、米とつながる姓名なのであった。どうでしょう! 小枝は、眉をもち上げて首をすくめた。
それらのあれこれに拘らず、ひろ子は網走へゆこうとしているのだった。
封筒につかう糊をとりに立ってゆくと、茶の間に、きき馴れない男の声がした。もう大分酔いのまわった高声で、
「はア、どうも、こういう超非常時ででもねえと、思い切ってこちらさアは来にくくてね」
行雄が、それに対して、おだやかに応答している。
「何しろ、もうこうなっちゃあ、酒でも飲むほッか、手はねえです。馬鹿馬鹿しいちゃ、話にもなんねえ。いかがです一杯――わしらの酒でも、はあ満更馬鹿にしたもんじゃない、純綿でやすって――ね、旦那、一杯。つき合いちゅうもんだ」
ひろ子は、下駄をはいて、杏《あんず》の樹の陰から台所へまわった。小枝が
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