、一方に柴木を積み上げた土間に跼《かが》んで、茶の間のやりとりに耳を傾けながら馬鈴薯の皮をむいていた。
「お客?」
 こっくりして、小枝が困ったという表情をした。
「だれ?」
「与田の音さん」
 町の、統制会社へ出ている男であった。
 ひろ子は、小さい健吉をつれて、往還の角にある郵便局へ手紙を出しに行った。いかにも明治になっての開墾村から町に変った土地らしく、だだっぴろい街道に、きのうまでは軍用トラックとオートバイが疾走しつづけていた。きょうは、そういうものはもう一つも通らない。街道は白っぽく、埃りをため、森閑として人気なく、おしつぶされたように低い家と家との間にある胡瓜《きゅうり》畑や南瓜《かぼちゃ》畑の彼方に遠く、三春の山が眺められた。
 草道をかえって来ると、茂った杉の木かげの門から、音さんの腕に肩をからまれながら出てゆく行雄のワイシャツ姿が見えた。

 十五日から、ラジオは全国の娯楽放送を中止した。武装解除について、陸海軍人に対する告諭、予科練、各地在郷軍人に与うる訓諭、そういう放送が夜昼くりかえされた。その間に、広島と長崎とを犠牲にした原子爆弾の災害の烈しさと、そのおそろしい
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