引き離された感じがした。網走というところは、名前ばかりで知っている。そこへやられた重吉と自分との間には、狭い日本の中ながら幾山河が在る。空襲が益々苛烈になり、上陸戦の噂もあったその頃の事情で、この幾山河は、場合によっては、二人の間が何年間か全く遮断されるかもしれないという心配をもたらした。
 ひろ子は、そこで暮していた東京の弟の留守宅の始末を全速力で片づけて、ともかく東北のこの町へ来た。そして、小一里ある停車場や交通公社へ行って津軽海峡を渡る切符が買えるのを待ちながら、旅の仕度をした。
 ひろ子のいるところでさえ八月になれば、山々の色が変化した。網走には、もう秋の霧が来ているだろう。オホーツク海からの吹雪が道を塞ぐ前に、せめて北海道まで渡りたい。ひろ子は寒いところでの暮しに役立ちそうな物を選んでは、夏の西日の下で小さい行李につめた。知り合いというようなものもいないそこで、どんな生活が出来るのか見当もつかなかった。保護観察所の役人は、くりかえし、ひろ子が行った先で人と交際することを禁じた。もうその頃、海を渡る旅行は体一つでさえ困難になっていた。道具めいた何一つも持っては行けない。それでも
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