はいとど明るし、という眼色でいる重吉は、このうねる熱さを彼の掌のなかにうけとった時、自分たち二人が時間と距離とにへだてられつつ、結ばれて生きて来た年月を何と顧るだろう。にわかに急な斜面が展《ひら》けたような今日の感動を、重吉もぐっと、その胸でこたえている。それが、まざまざと感じとられるのであった。
 ひろ子が机に向っている障子の外は、つい一昨晩まで、夜じゅう恐怖のうちに開け放されていた縁側である。いくつもの風呂敷包。リュックサック。食糧を入れた石油カン。そういうものが、まだほっぽり出されたまんま、そこにあった。雨戸が一二枚ひき残されていて、その節穴から一筋矢のように暑い日光が薄暗がりに射し込んでいる。亀の子に細引をかけた小型の行李が、丁度その光の矢を浴びている。
 自分も重吉のいる網走へ行って暮そう。文筆上の自由職業をもっているひろ子が、そう決心したのは七月下旬のことだった。何も知らずに、巣鴨宛に書いた重吉への手紙が、網走へ本人を送致したからという役所の附箋つきで戻されて来た。粗末な紙片に、にじむインクで書かれた網走という文字を見たとき、ひろ子は、自分の生きて来た張合が、すーと、遠くへ
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