ん、雨傘どこかしら」
 姿の見えないつや子をさがして呼んでいるひまに、
「その辺に、何ぞありましょう」
 縫子が、大きい膳棚の横から古い番傘を一本とり出し、それをもって迎えに出て行った。

        十

 灰色の雨雲が強い風に吹きたてられて、むら立ちながら山の峯々を南から北へ走っている。
 雲脚が迅く濃くなるたびに、トタン屋根に白いしぶきを立てて沛然《はいぜん》と豪雨が降りそそいだ。大ぶりの最中は、つい近くの山鼻さえ雨に煙った。どっちの道にも朝から人通りが絶えている。
 残暑にあぶられてギラついている東京の焼跡から来たひろ子に、夏の終りのこの大雨は、むしろ快よかった。いかにも、山のすぐあっちには広い海のある場所らしく、たっぷり、惜しげない、雨のふり工合がいい心持であった。
 けさ、四時すぎの汽車にのるはずであったひろ子と縫子は、一旦その時刻におきて、どうする? と相談した。電燈のついている台所の雨樋をむせぶように鳴らして、もうそのときから大降りであった。
「どうなろういの、この雨で……」
 治郎をだいて茶の間にねている母が声をかけた。
「日よりみてからのことにすることであります
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