中横]
私が斯うやって、貧しい平凡な村に来て、一冬越そうなどとは、今斯うなって見る時までは、思いさえもして居ない事だった。東京に居て、越す冬は、今此処で会う晩秋位ほか、寒さも、淋しさも、感じはしない。いくら寒いと云っても道をあるけば家屋は立ちならんで、往来もはげしいし、家の中の燈だの、火だのが外まで明らかに美くしい輝を見せて居る。
冬の淋しさ、それは斯んな北の人の乏しい山ばかりの貧しい村などに於て、ことに深く深く感じる事である。恐ろしいばかりの淋しさを持って冬は日々に迫って来るのである。
収獲がすんだ頃になって気まぐれな私は此処へ来た。わざわざ寒さの中へ飛び込んだ様なものだ。来年の冬は、私は又東京の家で、ふくれた様に火にあったまって暮す事だろう。寒ければ逃げて行く家を私は持って居る。逃げ様にも逃げられぬ、この村人の哀れさを思う。霜はもう十月の末頃から見える。けれ共流石に日のある中は袷で素足で居られる。もう十一月十二月となるとすっかり冬景色になる。こないだうちから山の頂には雪が見えて居る。四方を山にとりかこまれ、中央に低くある村には、急に冬が来て、去る時はと云えば、いつまでもいつ
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