先生の生活はまことに平穏無事である。そして幸福である。一番大きな息子は、京都で医者になってもう細君もある。けれ共、なぐさみに小さい男の児を育てたいと云って居るのである。
 斯うして心配なく、こんな空気の好い処に住んで居て、早死にをしたのを聞いたら私はきっとそれを間違いだろうと云うだろう。
 秋の末頃までこの村の人達は生きて居るけれ共、一雪下りるともう死人の村と同様で、人々は皆家へ閉じこもり、「わら靴」を編んだり「負いかご」を作ったり草履を作ったり、女は出来るものは縫物だのはたを織ったりする。折々田や畑に見える人影は、たまあに自分の持地を見まわる人の影で、往還でさわいで居るものは犬と子供と鶏だけと云うほどになる。
 猫などは十一月に入ると大方は家に引込みがちである。この先生は十二月の末頃までは、雨が降って、吹雪がしても通わなければならない。
 先生にとって最も苦痛な冬は草の色にも木の梢にもこの頃は明かに迫って来た。厚い外套と深靴、衿巻、耳掩を、細君が縁側にならべぱなしで家を人っ子一人居ずにして、いやと云うほど怒られて居たのもついこないだの事である。

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