るのである。
 此の村に置くには、あまりに美くしい池である。
 山々の峰が白んで、それが次第に下へ下へと流れて来る毎に冬は近づくのである。
 寒い――只寒いばかりの此の村の冬は只池にはる氷に若い者がなぐさめられるばかりである。
 けれ共、三月四月と、春の早い都に花が咲く頃になると、山々は雪解《ゆきげ》の又変った美くしさを表わす。
 快く晴れ渡った日、四方を取り巻いた山々の姿を見た時、誰でもその特長ある、目覚しさを讚美しないものはないのである。
 雪の皆流れ落ちた処、まだ少し残った処、少しも消えない処、等によって皆異った色彩を持って居る。
 皆雪の流れた処は、まだ少しもとけない処が雪独特の白さで輝くのに反して、濃い濃い紫色ににおうて居る。雪がまだらに、淡く残っている処は、いぶし銀の様に、くすんだ、たとえ様もない光を放して居る。始めて一眼見た時は、ただそれだけの色である。
 けれ共、その、まばゆい色になれてなおよくその山々を見つめると、雲の厚味により、山自身の凹凸により、又は山々の重なり工合によってその一部分一部分の細かい色が一つとして同じのは無いのを見出すのである。
 この様に、東北には
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