たぎらせて居た空はにわかに一変する。
細かに細かに千絶《ちぎ》れた雲の一つ一つが夕映の光を真面《まとも》に浴びて、紅に紫に青に輝き、その中に、黄金、白銀の糸をさえまじえて、思いもかけぬ、尊い、綾が織りなされるのである。
微風は、尊い色に輝く雲の片《きれ》を運び始める。
紅と、紫はスラスラとすれ違って藤色となり、真紅と黄はまじって焔と輝く。
暗の中に輝くダイアモンドの様に、鋭く青いキラメキをなげるものがあれば、静かに、おだやかに、夢の花の様に流れる。
一瞬の間も止まる事なく、上品に、優美に雲の群は微風に運ばれて、無窮の変化に身をまかせるのである。けれ共、紅の日輪が全く山の影に、姿をかくした時、川面から、夕もやは立ちのぼって、うす紫の色に四辺をとざす間もなく、真黒に浮出す連山のはざまから黄金の月輪は団々と差しのぼるのである。この時、無窮と見えた雲の運動は止まって、踏むさえ惜しい黄金の土地の上を、銀色の川が横《よ》ぎって、池の菱の花は、静かに、その瞼を閉ざすのである。
池の最も美わしい時、この池の尊さの染々と身にしみる時、それは只、真夏の夕べの、景色にばかり、池の真の価値は表われ
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