機嫌で、その時勇戦奮闘した様子を手まねまでして話した。
 沙河附近の戦の時だったそうで、
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「そりゃあ、貴方様、見事に働きましたぞえ、そんじゃから、足片方なくしても、やつにとっつかまりさえしなんだら、金《きん》しは目をつぶっててもはあ落ちて来ますのし。そうよ。溝ささかしまに、落ち込んだばっかりに、聞きたくもない捕虜になどなって、この次の戦さあ出たら、首の三つ四つは朝めし前のお土産だっし。
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 肩をゆすっていかにも頼もしい様子をする。この男は、夏にある点呼の時にいつでも、厚い冬着を着て行って、湯をあびて帰って来るのが常だ。何故そんなひどい思をするのかときく人があると、
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「戦の時《と》きあ、夏と冬の入りまじった時があるかんない、夏になったとて、衣裳換え出来ねえ時はあるし。
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と云って居る。顔の造作の小さい茶色の頬骨のとび出た男である。
 肥料を自分の畑ばかりへ、沢山やると云って、祖母はあんまりよくは思って居ない。一杯の酒を一時間もかかって飲む。おできのあとか何か、頭の殆ど中央に一銭銅貨位のおはげがあるのが皆をやたらに笑わせる。ロシア人はパンをくれと云う事を、
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 メリゴスゴス
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と云うと私に教えた。そんな事はないだろうと云ってもきかない。私のきいたのに間違の有ろうはずがないと云って居る。
 この男が帰ると甚五郎爺とおともさんがつれだって来る。二人とも、あんまりさっぱりした装をして居ない。おともさんはその男の後姿を見送って、その丸々した肩をすぼめて一寸舌を出した。祖母の前に来ると、二人ともがやっこらと先ず膝をついて、それからゆるゆるとお辞儀にかかるので、
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「いいおひな様だのし。
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と祖母が笑う。
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「ほんによ。この婆さまにゃあ、己が似合わしいと。ハイ、まず明けましてよいお年でござりやす。
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 二人して、いろいろの事をしゃべり合って居る。祖母は、だまって笑いながら聞いて居る。炉の前にチンと座った祖母の紋八二重の黒い被布姿がふだんより上品に見える。どうしても年よりは被布に限ると思って私は傍《わき》から見て居る。
 おともさんは又、もうこの四日に掛
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