来て居るとクリスマスの「ク」の字さえ口に出ないので、私も忘れ気味になって居た。暮を知らない様に静かな此村で、年越しをするのもおだやかで好いだろう等と思う。
 町へ雑誌と、書く紙を買いに行こうと思いながら、寒さにめげて一日一日とのばして居たが、歳暮売出しを町の店々は始め、少しは目先が変って居るからと云う事で、芝居ずきの「御ともさん」とお繁婆と女中とで午前の日が上りきって、暖い時に出かけた。
 頸巻《えりまき》はいくら毛でも鼻の先がひどくつめたい。祖母は、足袋の先に真綿を入れて呉れたので足はいくらか暖かい。一本筋の高い処にある道を、静かながら北の山からすべり落ちて来る風にあらいざらい吹きさられて、足の遅《のろ》いお伴《つれ》と一緒に、私はもうちっと早く歩きたいもんだなあと思いながら歩いて行く。道はまだ、こちこちに凍った様になって居るので下駄が少し強くあたると破れそうな音をたてる。二枚重ねた銘仙の着物の裾がボタボタと重い。頭巾をかぶって来ればよかったとも思った。「御ともさん」は東京弁と、此村と山形――米沢の言葉をとりまぜた言葉でしきりに私に話しかける。芝居は好きか、どの役者が一番|好《い》いか、東京では、どんな外題がもてるか。婆さんの話と云えば芝居の事ばかりである。けれ共、私の返事は皆婆さんには満足を与えなかった。何故なら、お婆さんのきく様な気持で好い役者、悪い役者に気をつけた事もなし、毎日の事に追われて居て、換り毎に出かけるほどの時を持って居ないから処々での出しものも知らないのが多い。
[#ここから1字下げ]
「東京に居なさるから、毎日毎日芝居見てなさるべえと思って……。お嬢さんなざあ、御しゃらく(御めかし)して毎日毎日遊んで居なされる身分さ。
[#ここで字下げ終わり]
 婆さんは、私の家に、金のなる木があって、私は不死の生をさずかって居るとでも思って居る様な口調で、スラスラと「何のこれしきの事」と云う調子で云う。
[#ここから1字下げ]
「ほんにそうだのし。
[#ここで字下げ終わり]
 浅黄の木綿の大風呂敷を斜に背負って居るお繁婆さんは、背のものをゆすりあげて合づちを打つ。
 この人達は何故、私がそんな立派な御身分に見えるのだろうと思う。あんまり平常、尊がられもしず、往来を歩いて、私を知って見るものは一人もなく、自身も亦、知られるべき筈のものでないと思って居る私が、此
前へ 次へ
全55ページ中45ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング