を持って来たが留守だったので、婆さんが受け取って帰って来た時渡したら、火の出る様な顔をしてすぐ外に出て行ったなどとも云った。
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「十七か八で色は白し、眼は大きし、ほんに小栗判官の様でなし。あの娘も、ここらの娘にしては、小綺麗な娘でしたぞえ、私の家へ来ん様になってから判官様は夜おそくまで帰らん事がよくありましたっけし。逢うて来るのだっぺ。まだ嫁《む》かさらんちゅうことだてば、判官様に、嫁様が来ただら、化けて来べえて、ハッハッハッ。
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 お婆さんは、いつもの通り顔をまげて笑う。
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「三年、日に照らされづめで来たのだでは、あの白いのも狐色位になったろう。
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 村の聞新しい事柄がいつもこの婆さんの耳へどうしたものか先ず第一に入るものと見える。
 身寄りない割りに我儘で、すき勝手に彼の人はきらいだとか、彼の女は、変だのと云う。そうしてそう云う人の噂はきっと悪くつたわるのである。
 その噂の元はと云えば、誰も知る者はなく、婆さんの耳元だけ、聞えたと感じた事もなかなか少なくないのである。中傷するほどの腕はないけれ共、自分の交際《つきあい》ばかりを次第次第にせばめて居るのである。
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「先生とこの奥様もこの上なしのぐうたらですぺ。朝から晩まで流しの上には、よごれものがたまって新らしい茶碗の縁が三日と無疵《むきず》で居たためしがないとなあ、三十九にもなって何てこったし、あまり昼、夫婦づれで、仮寝《うたたね》ばかりしているからだなっし、貴方。
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 それが、裏庭にある小学校長の家で妻君が庭を掃いて居る時にきこえてからと云うもの、もらいものが腐りそうになっても、食べきれないほど野菜があってもやる事はぴったりやめ用事があってもこの婆さんの居る時は必[#「必」に「(ママ)」の注記]して声さえかけないほどになった。
 実際この細君は、田舎の小学の先生の細君の一番好い典型である。その、のろい事、わかりの悪い事、眠りたがる事は私でも始めて位である。台所でごとごとしてでも居なければ午後からほんとうに夫婦づれで明けっぱなした座敷の中央にころがって居る。絶えず、人の好い微笑を口にうかべて、何と云っても必ず、
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「そうだけんども。
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